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2006年7月14日 (金)

Vendredi, 14 Juillet, à Paris

(エタップツアー7日目)

ルルドを出発する際、竹花さんが「忘れ物はないですね?」と再三確認して出発したが、ほどなくしてホテルに戻った。なんと、ジェロームが自分のかばんを忘れたのだ。バスを降りて走って取りに行くのを、みんなで一斉に撮影開始。ゆうべ、ホテルの向かいのカフェで女の子を口説いていたので、ちょっとハメを外しちゃったのかな?いや、外さず射止めたのかな?(笑)と思いつつ、テレるジェロームをみんなで「どんまい」と迎える。来年からの語り草になってしまうことだろう。

そのトゥールーズでジェロームとお別れ。記念撮影大会。「一番」のハチマキをさせるなど、けっこう奔放にやりまくった。また来年も来るからよろしくね、と言って別れた。飛行機でパリ南側のオルリー空港に入る。シャルル・ド・ゴールが作られるまではここが国際空港だったそうだが、けっこう狭い。というよりシャルル・ド・ゴールが広すぎるのかな?新しいバスに乗って、リヨン駅前のホテルへ。通常なら、この日に日本へ向かうのだが、きょうはフランス革命記念日。これを味わうことなくして帰るのは勿体無いという配慮なのか、明日の昼まで約24時間パリに居られることになった。

午後からの予定は、まず五十嵐さんと田浪さんと美術館へ、夕方は竹花さんたちと会食、夜はColonelさんと会う約束を電話で確認した。美術館というと、ルーブルやオルセーに行くかと思いきや、それらは2~3日以上かかっても全部回りきれないのでやめておき、トゥルリー公園横のオランジェリー美術館へ。ここはモネの「楕円形の部屋の壁一面に睡蓮を描いた」というのが見られることで有名だそうで、しばらく改装中だったのが今年リニューアルオープンになったという。入館の列に30分ほど並んでいたが、後ろに並んだ日本人女性2人とトークして時間をつぶせた。ツールドフランスについてほとんど知らなかったので、フランス=パリというイメージが強いのだろうが、田浪さんの自転車トーク炸裂でけっこう洗脳したかもしれない。

田浪さんは若作りだが、吉永小百合はかなり好きだと言っていたので、ぼくから数えるとかなりお兄さんかもしれない。ロード数台にハイペロンにボーラ(いずれも高級ホイール)に、さらに今年からマウンテンも始めるという力の入りようだ。通勤は品川方面から北上し、途中で練習になる坂をいくつも知っていて、江戸川橋から椿山荘へ上がる坂を3回上ってから職場に行ったりするそうだ。このツアー参加者の中でのラルプデュエズの登坂順位は3位。やればやるほど強くなることを身をもって示してくれる、教科書のような人だ。

オランジェリーではまず睡蓮を見て、地下1階のショップでおみやげを予習。その後地下2階で、ルノワール(発音的には、フノワーのほうが正しいかもしれない)セザンヌ、ピカソ、マティス、ユトリロなどの所蔵品を観る。日本の美術館のように「おカタく」なく、写真を撮っても怒られないし、しゃべりながら観てもよい。日本語の解説端末は五十嵐さんと田浪さんが交互に貸してくれた。ピカソは思った以上に動物的だったし、マティスはその正反対に、より「奥深いのにスマした風」に感じた。ユーミンが「マティスが好き」と言っていたのを、より深く理解できた気がする。上の階に戻る前にトイレに入ったが、手洗いの水道に蛇口が無い。よぉく探すと右足の位置に踏むボタンがあったのだが、これは手を汚さずに済むという粋な計らいと言うべきか。五十嵐さんはかなり長い時間楽しんだそうだが。おみやげショップではTシャツ・絵葉書・ランチョンマットなど、家庭向けのものを揃えた。そろそろ現金を使い切ることを考えないとな。

夕食会のためホテルまで地下鉄で戻る。初めて「使いにくい自動券売機」を使ってみたが、意外と簡単だった。途中、バスティーユ駅は、丸の内線の後楽園駅のように半地上になっていて、壁に歴史画のようなものがあった。ホームに自転車を持ち込んで待っている人もいた。東京でできないものが、パリにはたくさんある。ギャール・デ・リヨンで降りて地上鉄道の駅を通ってホテルへ。集合時間ドンピシャで戻れた。

食事はまた地下鉄で、オペラ座近くのル・グラン・カフェに。2階の予約席でシャンパンを開けて乾杯。料理やワインの頼み方で、悩みに悩んでいる方もいて、15人以上の団体の注文が終わるのに1時間ぐらいかかった。Colonelさんとの待ち合わせに遅れちゃうな。前菜をとなりから分けてもらったりしたが、エスカルゴにかかっているガーリックソースはうまかった。カキもうまかったそうだ。メインに肉系と魚系を両方食べる方もいたり、付いたウエイターがダメだったりして、デザートまでなかなか届かない。待ち合わせの時間を過ぎちゃったがもうしょうがない。会計だけ先にさせてもらって、タクシーでホテルに戻る。電話で遅れる旨を伝えていたとはいえ、先に着けてよかった。途中、セーヌ川にかかる橋という橋に人が群れ、エッフェル塔のバックに打ち上がる花火を見ている。それに背を向けるのはちょっと残念だが、新しい世の幕開けだった日を記念する気運は見届けることができたと思う。

もう5年ぶり?久しぶりのColonelさんはかなり痩せていて、ニヒルに装えるイイ感じのルックだ。でも話の熱さは変わらなかった。あちらから見てもぼくはあまり変わっていなかったようだ。こっちも何キロも痩せたのに、まだ足りないな。パリで流行っていることの話、ふだんの生活、日本の流行と絡めた新しいエンタメ展開などについて意見を交わした。正しいカフェの使い方ができた。夜中2時過ぎまで話しこみ、「パリ流行通信」的な新企画の完成を目指すことで一致して別れた。来年の夏より前に一度、自転車の代わりにスティックを持ってパリに遊びに行く約束もした。貯金どうすっかなぁ。食費削れば痩せられて一石二鳥かな?

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この記事をまとめている時点で、ツール本体は第17ステージを終えて、前日に大崩れしたランディスが野武士のごとく捨て身のアタックで、マイヨジョーヌに30秒差の3位まで大復活してきた。2年前のスーパーマンぶりが再来か?平坦ステージを挟んでTTでペレイロを逆転できるか。CSCはサストレで行けるのか。非常におもしろい大詰めを迎えている。山岳賞はほぼラスムッセン、ポイント賞は例年通りシャンゼリゼ決戦でマキュアンかフレイレか、彼らがもしリタイアするとツァベルにも可能性がある?新人賞はクネゴに入れ替わって2位と5秒差。応援していたメルカドはリタイヤしてしまった。来年も見たいぞアグリチュベル。去年まで7連勝したボスが消え、ポスト・アームストロングを争うには役者が少なめとはいえ、新時代の幕開けは昔も今も、波乱の様相を呈すことに決まっているようだ。

フランス一周の旅(Le Tour de France)においては、要らない装備は捨てて軽量化し、共に行く者とのコミュニケーションを忘れず、空気を読み、乾いたら補給を惜しまず、美しい景色をカラダに焼き付けながら、得たいものに対しては貪欲にアタックして、ようやく、初めて実りあるものに近づけるのだ。何度来ても同じようで異なるツールは、人生に例えてしかるべき、であろうか。

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